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FUKUYAMA UNIVERSITY School of Pharmacy

薬学部ロゴマーク福山大学 薬学部  TEL 084-936-2111(代)
〒729-0292 広島県福山市学園町1番地三蔵

研究内容Research 研究テーマ『漢方薬の科学的解析』

 漢方薬はカゼから認知症まで様々な病気の治療に使われていますが、実際には漢方薬の科学的な作用メカニズムはあまり分かっていません。我々はこのブラックボックスの解明のために、漢方薬の作用メカニズムの研究に取り組んでいます。
研究テーマは以下の通りです。
1.漢方薬と腸内マイクロバイオームとのクロストークに関する研究
2.腸内代謝における薬物相互作用に関する研究
3.複合成分系薬物としての漢方薬の有用性の解明

1)漢方薬は腸内細菌叢のバランスを整えることができるか?

 人体にはヒトの細胞の10倍以上の微生物が生息し、ヒトの細胞と共生しながら、私達の生理機能をコントロールしています。特に大腸には100兆個、1000種類、重量にして1〜2kgの細菌が世界を形成し、腸内細菌叢又は腸内マイクロバイオームと呼ばれています。 近年、腸内細菌叢の乱れdysbiosisが、免疫、炎症性腸疾患、喘息、肥満、糖尿病、がん、自閉症などの幅広い疾患の要因になっていることが明らかになってきました。薬剤耐性菌である難治性の再発性クロストリジウム・ディフィシル感染の治療に健康なドナー便を十二指腸注入する糞便微生物叢移植(FMT:Fecal Microbiota Transplantation )によって完治することが証明され、欧米では感染症の有効な治療法として糞便微生物移植を正式に推奨しています。
 漢方の治療概念の特長として、消化器系機能を高めて身体のバランスを整えるという考え方があります。我々はこのような漢方薬には腸内細菌叢の乱れを改善する働きと考え、科学的解明を進めているところです。

 

2)漢方薬成分の腸内代謝が証に反映

 漢方薬に豊富に含まれている配糖体は、β-グルコシド結合のため消化酵素の代謝を受けず消化管下部に到達し、親水性が高く吸収されにくいため腸管内に長く滞留します。ほとんどの腸内細菌は炭水化物をエネルギー源としており、配糖体は腸内細菌の産生する酵素によって加水分解を受け、脂溶性の高いアグリコン(非糖部)として吸収されるプロドラッグであるといわれています。腸内細菌叢は、食事や年齢などに影響を受け、個人差だけでなく、その人自身のなかでもかなり変動することが知られています。同じ薬剤でも患者さんによって応答性は様々で、効果を示す人(レスポンダー)と効果を示さない人(ノンレスポンダー)がいます。漢方薬は患者の体質や症状に対応して使い分けられおり、その診断基準となるものが漢方医学の基本概念である『証』です。現代流に言い換えると、証とはレスポンダーとノンレスポンダーを見極めるための指針ということになります。配糖体の代謝には特定の腸内細菌が関わっていることがあり、腸内細菌叢の違いが証に反映していると考えられています。

 芍薬甘草湯は、筋肉痛、こむらがえり、月経困難症などに臨床応用される漢方薬で、その機序の一つとしてグリチルリチンとペオニフロリンの相互作用が報告されています。当研究室におけるラット糞便懸濁液を用いた配糖体の代謝実験で、グリチルリチンはペオニフロリンやリクイリチンなどの配糖体に比べ顕著に代謝が遅いことを明らかにしています。このグリチルリチン代謝は芍薬甘草湯を摂取させることで、一部のラットにおいて有意な亢進を認めました(Biol. Pharm. Bull., 24, 1161-1164, 2001)。この代謝について個々のラットを比較すると、非常に亢進するラット(レスポンダー)とあまり亢進しないラット(ノンレスポンダー)が存在します。これらのことから、芍薬甘草湯の効き目に関して、腸内フローラを要因としたレスポンダーとノンレスポンダーの存在が推察されました。芍薬甘草湯とその有効成分であるグリチルリチンに同じ効果が認められることから、グリチルリチンを用いてノンレスポンダーのレスポンダー化を試みました。グリチルリチンを21日間連続投与するとノンレスポンダーの4割近くがレスポンダー化し、さらにノンレスポンダーのラットを12時間絶食させながら14日間グリチルリチンを与えたところ、全部のラットがレスポンダーになりました。漢方薬は一般に食間もしくは食前の服用が指示されています。漢方薬の有効成分はグリチルリチンのようなプロドラッグの形態で含有されており、我々の実験で得られて絶食によるグリチルリチン代謝の亢進は、ほとんど総ての配糖体でも同様に起こりえることから、漢方薬の食間もしくは食前の服用が理に適っていることを裏付けることができました(J. Trad. Med., 22, 252-256, 2005)。

3)漢方薬の複合成分系薬物としての意義

 大黄甘草湯は大黄と甘草の二味からなる処方で,比較的体力がある硬い便が出る便秘症の治療薬として頻用されています。大黄甘草湯の下剤作用はセンノシドAを中心としたセンノシド類によって惹起され、これら成分は腸内細菌によってレインアンスロンに代謝されて下剤活性を示しプロドラッグです。そこで大黄の下剤活性に対する甘草成分の影響を検討し、大黄甘草湯における甘草の配剤意義を検討しました。下図はマウスにセンノシドAと甘草ならびに甘草のフラボノイド成分であるリクイリチンを経口投与した結果です。甘草やリクイリチンは濃度依存的にセンノシドAの下剤活性を高めました。この機序は腸内代謝実験によって、センノシドAの腸内代謝促進作用によることが明らかになっています(Chem. Pharm. Bull., 59, 1106-1109, 2011、Biol. Pharm. Bull., 34, 1438-1442, 2011)。
センノシドAの下剤活性を高めるリクイリチン
         センノシドAの下剤活性を促進する甘草成分

大黄中のセンノシドAはセンノシドA単独に比べ代謝を受け易いことから、大黄の水抽出物を分画し、代謝促進成分としてrhein 8-O-β-D-glucopyranoside(RG)を単離同定しました。RGの作用は非糖部のアントラキノン(レイン)に由来し、大黄のアントラキノンであるエモジンやアロエエモジンも同様にセンノシドAの代謝を促進しました。そこでセンノシドAの下剤活性への影響を調べた結果、RGとレインはセンノシドAの下剤活性を亢進することが判明しました。以上のことから、大黄甘草湯における下剤活性に、甘草のフラボノイドや大黄のアントラキノンが深く関わっていることを明らかにしました(Biol. Pharm. Bull, 35, 2204-2208, 2012)。特に、RGなどアントラキノン成分の作用機序は、リクイリチンとは異なり、ビフィズス菌の産生するセンノシドA代謝酵素の合成を亢進することでセンノシドA代謝を促進していることが分かりました(J. Trad. Med., 2013)。

          センノシドAの下剤活性を高める大黄の成分

4)
漢方薬と抗生物質との併用の問題

 大黄甘草湯は緩下(下剤)を目的に一般ならびに医療用漢方製剤として頻用され、その作用は腸内細菌によってセンノシド類から代謝変換されたレインアンスロンによるものです。そのため腸内代謝は大黄を含む漢方薬やセンノシド製剤の下剤活性発現に重要な役割を担っています。そこで腸内細菌に対して直接的に影響を及ぼす可能性のある8種類の抗生剤について、大黄甘草湯およびセンノシドAの下剤活性に対する薬物相互作用を検討しました。アンピシリン、セフカペンピボキシル、カナマイシン、ホスホマイシン、ファロペネムは大黄甘草湯とセンノシドAの下剤活性を有意に抑制しましたが、クラリスロマイシンやレボフロキサシンは影響を及ぼしませんでした.抑制したこれらの抗生剤はいずれも消化管から吸収されにくく,殺菌的に作用することから、消化管下部におけるセンノシドA代謝に強く影響を及ぼしていると考えられます。このことから、大黄剤やセンノシド製剤と抗生剤との併用に注意が必要であることを報告しました。さらにミノサイクリンは大黄甘草湯とセンノシドAに対する反応性が異なり、センノシドAのみ下剤活性が有意に抑制を受けました。この抑制作用は甘草またはグリチルリチンをセンノシドAと同時経口投与することで消失しました(Biol. Pharm. Bull., 34, 1438-1442, 2011)。
センノシドAと抗生剤
       大黄甘草湯やセンノシドAの下剤活性に対する抗生剤の影響


5)
プルゼニド(センノシド製剤)と異なる大黄甘草湯の下剤活性

 抗菌薬の投与により腸内細菌叢の組成異常が引き起こされることから、漢方薬と腸内細菌叢のクロストークがどのように変化するのか、またその変化が大黄甘草湯の薬効発現にどのような影響を及ぼすのか解析しました。その結果、アンピシリンの継続投与によってセンノシドA単独の下剤活性は抑制を受け続けましたが、大黄甘草湯の下剤活性は維持され、その作用にRGが関与することを実証しました(Takayama K. et al., Biol. Pharm. Bull., 2016)。この作用は、抗菌薬によって抑制されたビフィズス菌の代わりに、RGがバクテロイデスに作用してセンノシドA代謝能を付与したことで発現していると強く示唆されました。

     アンピシリンに対する大黄甘草湯ととセンノシドAの下剤活性の違い

 以上のことから、大黄甘草湯はプルゼニドなどのセンノシド製剤にはない複合成分系薬物としての有用性が明らかになり、抗菌薬の投与による腸内細菌叢の変動に応じて、漢方薬成分が腸内細菌叢とクロストークしている一端が見出されました。


6)漢方薬の製剤学的研究

 漢方薬は複数の生薬を組み合わせることによって、薬効の増強や副作用の軽減を追求してきました。そのため、漢方薬に含まれる成分同士による相互作用が想定されます。しかし漢方薬中の成分に関する相互作用はほとんど分かっていません。当研究室では、漢方薬のおける生薬の配合意義を製剤学的な視点から解析し、小青竜湯における甘草の処方量の謎(J. Pharm. Biomed. Anal., 19, 603-612, 1999)、麻杏甘石湯における石膏の意義(J. Pharm. Biomed. Anal., 20, 363-372, 2000)などについて明らかにしてきました。下図は便秘に有効な大黄剤の調製法について検討した例です。大黄に含まれる下剤効果をもつセンノシドAは熱によって分解し易いことから、下剤効果を必要とする場合は大黄を後から短時間煎じる(後煎)必要があると考えられていました。しかし漢方文献(古典)にはそのような調製法の記載がないことから、調製時間とセンノシドAの抽出量の関係、さらに調製時間と下剤効果について検証しました。その結果、大黄は通常の調製法(常煎法)で問題ないことを証明しました(J. Trad. Med., 19, 114-118, 2002)。
大黄の煎じ方

            大黄剤の調製方法に関する誤解

6)水分代謝異常による下痢モデルマウスを用いた五苓散の止瀉作用

 五苓散は全身性の水分代謝異常(水滞)によって起こる嘔吐、下痢、浮腫、めまい、頭痛など様々な疾患に奏効します。そこで腸管内の水分過剰によって起こる下痢モデルマウスを作製し、五苓散の作用を検討しました。このモデルマウスに対し、冷えによって誘発される下痢に効果のある人参湯は効果を示しませんが、水分代謝異常によって起こる下痢を五苓散が抑制したことから、五苓散と証の関係を明らかにすることができました。
五苓散の止瀉作用
      水分代謝異常モデルに対する五苓散と人参湯の止瀉作用の比較

 さらにこのモデルマウスを使った実験で、1)五苓散を構成する5つの生薬のうち1つでも抜けると、五苓散の下痢抑制作用が低下する、2)37℃と煎じて調製した五苓散を比較すると、煎じることで下痢に対する抑制効果が有意に弱まることが分かった。本来、五苓散は煎じ薬と異なり、5つの生薬の粉末を合わせたものです。すなわち、昔の人は五苓散の作用が加熱によって失われることを経験的に認識していたのでしょう(Kampo Med., 60, 493-501, 2009)。