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FUKUYAMA UNIVERSITY School of Pharmacy

薬学部ロゴマーク福山大学 薬学部  TEL 084-936-2111(代)
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漢方コラムColumn 『患者さんのために漢方薬を役立てる』

その1 漢方薬を理解するコツ

治癒とは治療し癒すこと

 本来、医療は経験的に確立されたもので、医療側の個々の経験や慣習あるいは権威者の意見などに左右されることが多かった。そこである一定以上の医療成果の保証を目標に、効果的で質の高い医療の実践としてEBM(根拠に基づく医療:Evidence-Based Medicine)という方法論が使われるようになった。しかし大規模臨床試験などに基づいたEBMには、患者さんの個々のQOLに沿った医療への対応に限界がある。そこでEBMを補完するためにNBM(物語に基づく医療:Narrative-Based Medicine)が提唱された。これは患者さんの病気に対する主観的な病歴(患者の物語)を尊重し、患者さんとの関係性を築くことから始まる。その際、医療側の客観的な評価(医療側の物語)を保留することが大事である。NBMは、患者さんの物語と医療側の物語の摺り合わせの中から新しい物語を作り出すプロセスといわれている。「医学はアートであって単なる科学ではない」というウイリアム・オスラーの有名な言葉がある。医療の目的は患者さんの「治癒」である。科学としての医学を重視するあまり、治すことだけに眼を向け、癒すということを忘れてしまってはいないだろうか。癒しこそ医療の本質であり、精神と身体が相互に関連していると捉える漢方の個の医療には学ぶべき点が多い。

漢方薬を体験する

 漢方薬を理解する最大のコツは自らで試すことである。私は15年ぐらい前までは漢方に否定的であった。ある時、カゼで葛根湯を服用し、しっかり汗をかいた翌朝の爽快感は今でも覚えている。また吐き気とめまいで起き上がれなくなった際、小半夏加茯苓湯を一包飲んだだけで、1時間もしないうちにすっかり症状が消失した時の驚きは、漢方薬の効果を認めずにはいられなかった。そのような経験が、いつの間にか漢方薬を講義で取り上げるようになり、小林宏先生を非常勤講師として迎え、本格的に漢方薬を学ぶようになった。同時に漢方薬の効果の検証を家族に広げ、希望する学生には教育の一環として漢方薬を飲んでもらった。小林先生がだされた柴朴湯で幼少期からの喘息が、小柴胡湯で鎮痛剤の効かない月経困難症が治り、いずれも1年後には漢方薬を含めた総ての薬が不要になった事実は、それまで躊躇していた私を漢方の教育・研究に専念させるきっかけとなった。

漢方生薬の特性を把握する

 漢方薬の難しい点は、病名という西洋医学の指標が使えないことである。同じ疾患でも「証」が異なれば違う漢方薬を用い(同病異治)、明らかに病名が異なる疾患でも「証」が合えば同じ漢方薬で治す(異病同治)。すなわち、漢方薬物治療では西洋医学とは全く異なる指針が必要になる。そこで「桂麻剤」、「柴胡剤」、「大黄剤」、「人参剤」というように、漢方薬を系統的に分類し、主要な生薬の漢方薬理的な特性を把握することで漢方薬の運用ができると考え、『病態からみた漢方薬物ガイドライン』を編纂した。現在、繁用されている漢方生薬で、重篤な副作用を起こす可能性のあるものは、麻黄、附子、大黄、甘草ぐらいである。地黄や石膏を加えたこれら生薬の特性を知っておくだけで、漢方薬の服薬指導や疑義照会に大いに役に立つと思われる。

麻黄を含む処方のポイント

 皆さんは桂枝湯、葛根湯、麻黄湯の使い分けを御存知だろうか。桂枝湯は麻黄を配合しないが、いずれも桂皮を含み、悪寒を伴う初期のカゼ症状に適応する桂麻剤である。弱い発汗作用のある桂皮は、麻黄と組合せることで相乗的な発汗作用を示す。そのため葛根湯や麻黄湯には強い発汗作用があり、汗をかいている患者さんには用いてはいけない。葛根湯には肩こりに効く葛根が、麻黄湯には麻黄との組合せで相乗的な鎮咳作用を示す杏仁が配合されており、それぞれに得意とする病態がある。漢方薬は生薬の数が少ないほどシャープな作用を示すことから、麻黄湯(4種)は葛根湯(7種)よりも、熱症状や咳が強く、筋肉痛や関節痛を起こすインフルエンザにも適応がある。桂麻剤である小青竜湯は、薄い水様の鼻水に用いられるが、長期連用や胃腸虚弱者に使用する場合は、麻黄を含まない苓甘姜味辛夏仁湯への処方変更が必要となる。当然、麻黄の主成分であるエフェドリンによる血清K値の低下や、循環器、精神神経、消化器、泌尿器系への影響を考慮する必要がある。

附子または石膏を含む処方のポイント

 麻杏甘石湯はその名のとおり、麻黄、杏仁、甘草、石膏からなり、麻黄湯の桂皮を石膏に置き換えた処方である。不思議なことに麻黄+石膏は止汗に働き、口渇、熱感、発汗を伴う咳に適応する。石膏は硫酸カルシウムからなる鉱物性の冷ます作用のある寒性薬で、口渇、発汗、ほてり、多飲を目標に用いる。言い換えれば、胃腸や体質の虚弱者及び冷えを伴う患者さんには、石膏剤の使用は慎重でなければいけない。石膏とは対照的に、トリカブトを基原とする附子は温める作用が非常に強い温性薬である。附子は猛毒のアコニチンを含んでおり、減毒処理した加工ブシが一般に用いられるが、烏頭、塩附子、白河附子などは、アコニチンアルカロイドの鎮痛作用を目的に利用される。麻黄附子細辛湯や真武湯などの附子剤ならびに附子を含む八味地黄丸や牛車腎気丸(地黄丸類)の使用は、必ず冷えを確認し、原則として暑がり、のぼせ、体力のある患者さんには使用しない。

大黄を含む処方のポイント

 大黄やセンナはセンノシドAなどのセンノシド類を有し、生薬製剤あるいはセンノシド類を含有する便秘薬としてよく知られている。センノシド類のような配糖体は一般に水溶性で、β結合した糖をもつため人の消化酵素では切れず、腸内細菌の産生する酵素によって代謝を受ける。センノシド類は瀉下作用がなく、代謝物であるレインアンスロンが瀉下作用を示すプロドラッグである。腸内フローラには個人差があることから、センノシド類の薬効発現に腸内細菌が影響を及ぼす。排便を目標にした大黄甘草湯や調胃承気湯の他に、消炎、解毒、鎮静に大柴胡湯や三黄瀉心湯、血行障害(?(お)血(けつ))、消炎に桃核承気湯や大黄牡丹皮湯などの大黄剤が用いられる。大黄剤は食欲や体力のある硬い便が出る便秘に適応し、便秘でも軟便の患者さんや体力が衰えた患者さんには用いない。高齢者や虚弱者には潤腸湯、麻子仁丸、桂枝加芍薬大黄湯などが適しており、大黄剤によって腹痛や下痢を起こす患者さんは、大黄を含まない人参湯や六君子湯(人参剤)あるいは桂枝加芍薬湯や小建中湯(建中湯類)の適応であることが多い。一方、便秘を伴う幼児の高熱や打撲による鬱血に頓服として大黄剤を用い、一過性の下痢を起こさせ治療する方法もある。

甘草を含む処方のポイント

 甘草はショ糖の150倍もの甘味をもつグリチルリチンを含有し、味噌、醤油をはじめ多くの食品に利用されている。グリチルリチンは肝機能障害やアレルギーの治療に用いられ、腸内細菌によって加水分解されたグリチルレチン酸が作用を発現するといわれている。グリチルレチン酸は低カリウム血症、四肢脱力、筋力低下、高血圧、浮腫などの偽アルドステロン症の原因物質でもある。この副作用の80%は50歳以上で観察され、グリチルレチン酸に変換する酵素を産生するユウバクテリウムが加齢に伴って増加するためだと考えられている。我々の動物実験でもグリチルリチンを連続投与すると可逆的な血圧上昇が起こることを確認している。甘草は70%以上もの漢方薬に配合されており、漫然と漢方薬を連用することで高血圧症を引き起こすことも考えられる。

 腸内フローラは、漢方薬に含まれる配糖体成分の薬効発現に大きな役割を担っているといわれている。抗菌剤や生菌製剤は腸内フローラに変化をもたらすことが知られており、特に抗菌剤との安易な併用は、漢方薬の薬効低下につながると推測される。

                                     (ApoLetter、Vol.43、2009より)

その2 漢方薬の服薬指導における注意点

注目されてきている漢方薬

 「漢方」を中国の伝統医学のことだと思っている方はいないだろうか?漢方は日本独特の呼称で、江戸時代にオランダ医学(蘭方)と区別するためにつけられ、「日本漢方」とも呼ばれ、現代の中国において再編成された伝統医学「中医学」と対比される。漢の時代に成立した中国の医学が6世紀前半に我が国にもたらされ、日本の国情に合わせて独自の発達をとげた。しかし明治の急速な近代化の波は、日本の医療を支えた漢方薬を1967年まで処方薬から外した。今日では葛根湯の名前を知らない人はいないぐらいに漢方薬は普及している。では薬のスペシャリストである薬剤師は、葛根湯の適正使用(前号参照)についてどれだけ理解しているだろうか。さらに近年、漢方薬の科学的なエビデンスが報告され、イレウスの予防や治療に大建中湯が、認知症の周辺症状に抑肝散が、インフルエンザの治療に麻黄湯が、大学病院や公共の医療機関でも汎用され、漢方薬に関する知識が薬剤師に求められてきている。

エキス製剤の飲み方

 漢方エキス製剤は煎剤、散剤、丸剤などの伝統的剤形に代わって主流になり、漢方市場を急成長させた。エキス製剤と伝統的剤形の同等性は未だに議論が分かれるところではあるが、患者さんのコンプライアンスや品質の均一性においてエキス製剤の方に利点がある。エキス剤を服用する際は、白湯に溶かして温服するのが効果的といわれている。これは煎剤に近い状態で服用することで、有効成分の吸収や香りまたは味による効果が得られると考えられているからだ。反面、においや味が気になる人には勧められない。粉薬と同様に白湯による温服が一般的であるが、のぼせや炎症症状が強い場合は冷服がよい。漢方薬は食間・食前に3回服用するように指示されているが、必ずしも根拠があるわけではない。空腹時の服用により不快感や食欲不振などを起こす場合は食後に服用するように指導する。さらに1日量を朝夕2回に分けて服用することや服用を忘れがちな場合は食後の服用など、まずはコンプライアンスを高めることを第一に考えたい。

速効性のある漢方薬

 私は運動前に芍薬甘草湯を服用する。この薬のお陰で運動によるこむら返りを全く起こさなくなり、運動後の強い筋肉痛にも見舞われなくなった。芍薬甘草湯は日頃運動しない人の筋肉痛やこむら返りの予防になるが、本来は胃痙攣や胆石発作などの急激な痛みやしゃっくりなどに用いられる。その効果の発現は5分前後とも言われるぐらい即効性がある。ただし、甘草中のグリチルリチンが血圧を可逆的に上げる可能性があり、血圧の高い人の連用は注意を要する。芍薬と甘草の2種の生薬からなる急性疾患向きの処方で、慢性疾患のための連用には不向きであり、こむら返りイコール芍薬甘草湯ではないことも賢明な読者はご理解戴けるであろう。私は季節の変わり目に水様性の鼻水が出ると小青竜湯を服用する。すると数分後には症状が消失する。漢方薬は長く飲まないと効かないと思われがちであるが、このように急性疾患に適応する漢方薬も少なくない。

小柴胡湯による薬禍に学ぶ

 漢方薬が広く医療関係者や研究者に認知されてきたことは、漢方薬が現代医療の中に浸透し、治療の選択肢が広がると期待している。一方、漢方教育に携わる者として、小柴胡湯による薬禍の教訓を忘れてはならない。大規模な二重盲検臨床試験によって、小柴胡湯の慢性肝炎にともなう肝機能障害への有効性が公表され(1995)、同時期に肝発ガン抑制やそのメカニズムが報告された。のべ約200万人のウイルス性肝炎患者に使用された小柴胡湯は、その結果として1996年に間質性肺炎による「副作用死10人」という大々的なニュースとして世間に知れ渡った。漢方安全神話を崩壊させるきっかけとなったこの事件の背景には、西洋薬では当たり前となっている、病名から薬を選択する病名漢方的な誤用(肝炎治療イコール小柴胡湯)が指摘されている。事実、漢方を熟知した医療機関では間質性肺炎の報告例はない。日本東洋医学会ではC型慢性肝炎患者は間質性肺炎のハイリスク群であるとして、小柴胡湯投与に関するガイドラインを発表(2000)している。小柴胡湯の報道に不安感を抱いた患者さんが、服用中止によって肝機能を悪化させた症例を知り、当時、漢方教育に関わり始めた私は漢方教育の必要性を痛感した。この薬禍は科学的エビデンスの偏重によって「証」が疎かにされた帰結でもある。副作用をなくし有効性を高めるために長い臨床経験をもとに確立された薬物治療マニュアルが証であり、患者さんのために漢方薬を役立てる上で必須のものである。当然ながら、大建中湯、抑肝散、麻黄湯などについても証を考慮して用いることが肝要である。

漢方薬の代表的な副作用

 「証が合っていれば副作用は起きない」という漢方専門家の発言を耳にすることがある。本当にそうであろうか?薬である限り、漢方薬にもアレルギーなどの予測不可能な有害作用は存在する。ただし、重篤な副作用は少なく、その多くは食欲不振や胃部不快感などの消化器系障害である。漢方薬そのものの副作用ではないが、エキス剤の賦形剤である乳糖に起因する乳糖不耐症によっても消化不良や下痢を生じる事がある。これらはメーカーや剤形変更によって解消できるが、経営的には容易でない。石膏や大黄を配合する漢方薬は、胃腸や体質の虚弱者及び冷えを伴う患者さんには慎重投与を要することは前号で説明した通りである。地黄を配合する漢方薬に胃腸障害の副作用が最も多く報告されているが、その中には処方選択のミスによる副作用例も少なくない。地黄を配合する四物湯は血液の生成やその働きの不足を補う補血剤で、顔や皮膚の色つやが悪く、皮膚や口内が乾燥傾向の人を目標に使用される基本処方である。四物湯と補気剤(消化機能低下による疲労倦怠感や気力低下を改善)から構成される十全大補湯は、病後の体力回復や疲労倦怠の改善に頻用される。体内の水分の流れが滞った病態(水滞・水毒)の患者さんが十全大補湯を服用すると、食欲不振や胃部不快感などを起こすことがある。このように体を潤す働きの強い地黄を配合する漢方薬は、水滞のある人に用いてはいけない。では十全大補湯の服用により胃腸障害を訴える患者さんにはどのような処方設計をすれば良いのであろうか。当帰芍薬散は四物湯から地黄を除き、水滞を改善する3種の生薬を新たに加えた代表的な補血剤である。すなわち、乾燥傾向の病態に四物湯を用いるのに対し、当帰芍薬散は余分な水分が体内に滞った病態に適応する。そこで十全大補湯の代わりに、当帰芍薬散と六君子湯または当帰芍薬散と補中益気湯に処方変更すれば良い。六君子湯と補中益気湯は代表的な補気剤で、いずれも消化機能が衰え元気のない人に適応があり、四肢疲労感や虚弱体質が著しければ補中益気湯を用いる。

本学のユニークな取り組み

 福山大学は「医療薬学教育の実践」を教育の柱とし、創設当初から病棟活動を中心にした臨床薬剤師養成を行っている。六年制薬学教育開始に伴い、医療人において不可欠なヒューマニズム教育にも力を入れている。特に2年生前期に行われる「交流学習」は本学にしかないユニークな取り組みの1つで、保育園の5歳児または高齢者施設のお年寄りと1対1でパートナーとなり、週1回で8回交流を行う。相手の話を聴き、相手の心に寄り添いながら人間関係を築き、ホスピタリティの醸成とコミュニケーション能力の向上を目的としている。その結果、学生は自分の言動を振り返る機会になり、相手の立場で物事を考える事の大切さに気づき、同時にパートナーから待ってもらえる喜びや優しさに触れ、役立ち感を実感する。患者さんへの役立ち感が医療人の最も基本的な原動力であり、ホスピタリティの醸成が医療人教育の基本と考える。ある親しい医師が「漢方薬で治療をしていると、患者さんは私を良い医者と勘違いしてくれる」と教えてくれた。漢方薬で治療する場合、医師は時間をかけて様々な事を問診し患者さんの言葉に傾聴する。このホスピタリティが患者さんにとって癒しになっているのではないだろうか。

                                     (ApoLetter、Vol.44、2009より)

その3 漢方薬が得意とする治療

元気を補う漢方薬

 「気」とは目にみえない生命エネルギーであると改まって解説すると違和感を覚えるが、我々は「元気そうですね」、「やる気がある」などと同じニュアンスで気という言葉を当たり前のように使っている。気虚とは食欲が低下し元気のない病態のことで、人参を主薬とする人参湯や六君子湯などの補気剤によって消化機能を整え、気を補い治療する。人参の他に黄耆、白朮、茯苓などがこのような補気に働く。人参湯は人参、白朮、乾姜、甘草から構成され、乾姜には胃腸を温める働きがあり、体力が低下した人の冷えによる胃腸障害に用いる。イレウスの予防や治療薬として有名な大建中湯は、人参の他に、乾姜と山椒が配合され、胃腸を温める働きが強化された処方で、体力が低下し腹部が顕著に冷え、腸が蠕動運動異常を起こした病態に適応する。ただし、漫然と大建中湯を使い続けるのではなく、症状緩和に伴って人参湯や小建中湯などに処方変更することが大事である。水滞を改善する茯苓や半夏を加えた六君子湯は、余分な水分を伴う胃腸障害に奏効する。六君子湯の効果は、機能性ディスペプシア(摂食早期や食後の飽満感)やシスプラチンによる食欲低下などに対する研究によって科学的に裏付けられている。全身倦怠感や易疲労感が強い病態には、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯が用いられ、これらは人参と黄耆を配合することから参耆剤とも呼ばれる。十全大補湯と人参養栄湯は補気だけでなく、「血」(血液やその働き)の不足である血虚を補う働きが加味された気血両虚の処方で、病後の体力低下、疲労倦怠感、食欲不振などに汎用される。

水分バランスを整える漢方薬

 「水」とは血管外の無色の液体で、血液以外の体液やその機能を意味し、水分の流れが滞り偏在した病態を水滞(水毒)という。体を巡る水のアンバランスは浮腫、口渇、鼻汁、頭痛、めまい、動悸、嘔吐、尿量減少、多尿、下痢、関節痛、全身倦怠、食欲不振など多彩な症状を引き起こす。水滞を改善する漢方薬を利水剤といい、茯苓、白朮、蒼朮、沢瀉、猪苓、半夏などがその役割を担う。利水は利尿と異なり、余分な水分の排出や水分の偏在をなくすように働く。我々は水滞モデルとして塩類下剤誘発下痢モデルマウスを作成し、五苓散と人参湯の効果を比較した。人参湯は冷えによって起きる下痢に用いるが、五苓散は消化管の余分な水分をさばくことで下痢を治す。このモデルに対し、五苓散は有意な止瀉効果を示したが、人参湯には全く認められず、五苓散と人参湯の明確な使い分けが裏付けられた。五苓散は口渇や尿量減少を伴う嘔吐、胃腸炎、下痢、胃腸炎型のカゼ、二日酔いに適応し、水を飲むと直ぐに吐き出すような嘔吐や水様性下痢で、嘔吐や下痢後にスッキリするものに奏効する。私は家族旅行中に激しい水様性下痢になり、ドラッグストアで買った1包の五苓散に救われた経験がある。また、漢方に疑いをもつ同僚の下痢が五苓散1包でピタリと治ったことから、この作用のプラセボ効果は完全?に除外できる。小半夏加茯苓湯は、吐き気、悪心、めまい、つわりなどの上半身の水滞に有効であるが、五苓散と異なり、口渇、尿量減少、下痢などの全身性の症状には効かない。例えば、酒による悪酔いと車酔いの違いを思い浮かべるとわかりやすい。五苓散はいずれにも使えるが、小半夏加茯苓湯は吐いてもスッキリしない車酔いの嘔吐にのみ適する。飲み会の季節になると五苓散と一緒に黄連解毒湯の服用を希望する学生が多い。黄連解毒湯はのぼせを抑える働きがあり、飲酒によって赤ら顔になりやすい人に効果的である。

冷えを改善する漢方薬

 女性の自覚症状として冷えを訴える例は多い。西洋医学では冷えという概念はなく、冷え性は体質として片付けられる。漢方では「冷え症」は重要な治療対象と考えており、温める働きのある温性剤は多い。ただし、温性剤だけの治療に留まらず、冷えが様々な病態の発するサインと捉え、冷えの起こる原因を見極めて治療することが大切である。冷えると腹痛を起こしやすく、元気がない胃腸虚弱者には人参湯を用いることは前述の通りである。寒気を訴え、めまい感や水様性下痢を伴い、横になりたがる虚弱者は真武湯、背部や腰部の悪寒が著しい、頭痛、鼻水、喉の痛みを伴う高齢者や虚弱者のカゼは麻黄附子細辛湯、腰部や下肢の冷え、脱力感、しびれがあり、残尿感や夜間頻尿などの排尿障害は八味丸や牛車腎気丸が適応する。いずれも附子によって温め、新陳代謝を亢進させ、生体機能の衰退による冷えや体力・気力低下を治す。漢方における冷えとは、患者さんが熱感やのぼせを感じず、冷えを訴える場合で、体温が高くても附子は使える。高齢者に適応が多い八味丸、牛車腎気丸と六味丸の選択の基準は冷えの有無で、六味丸は附子を含まない。古来より安胎薬として知られる当帰芍薬散は婦人の聖薬で、青白い顏色の虚弱な女性の冷え症、むくみ、月経不順、めまいなどの血虚の諸症状に汎用される。桂枝茯苓丸は、四肢は冷えるが赤ら顔(冷えのぼせ)で、肩こり、頭痛、月経困難、月経不順、更年期障害などの?血(おけつ:血液の停滞によって生じる病態)の諸症状によく用いられる。更年期障害のファーストチョイスにあげられる加味逍遥散は、血虚や?血による精神不安、イライラ、冷えのぼせ、頭痛、肩こり、不眠などの婦人の不定愁訴に頻用され、愁訴が多く、その変動が激しいことが選択の基準となる。勿論、これらの処方は男性にも適応がある。片頭痛による悩みを抱えた新入生が相談にやって来た。中学から始まった片頭痛は高2の頃には処方薬が効かなくなり、片頭痛と吐き気に毎月数度見舞われ、その都度ベッドに伏せているという。彼女は神経質でイライラがある冷え症で、生理痛が激しく産婦人科でホルモン治療中であった。私は片頭痛を治す自信はなかったが、月経困難症は漢方薬で治ると考え、桂枝茯苓丸を勧めた。1ヶ月後に生理痛が和らぎ、ホルモン治療を中止、3ヶ月後には生理痛がなくなった。驚くことに、桂枝茯苓丸の服用以来1度も片頭痛は起きていない。

ストレスを改善する漢方薬

 気鬱(気滞)とは過度の緊張、ストレス、過労などによる気の流れの停滞を意味し、停滞した部位によって様々な症状を示す。一般的に気分が落ち込む、憂うつ感、イライラするなどの抑うつ傾向が現れ、気を巡らせる働きのある蘇葉、厚朴、香附子、陳皮、枳実などを含む理気剤で治療する。香蘇散は胃腸虚弱で神経質な人の初期のカゼに使われるが、香附子、蘇葉、陳皮を含む代表的な理気剤で、胃腸障害を起こしやすい抑うつ傾向のある内向的な人に適応する。気鬱の典型的な症状の1つにヒステリー球(咽喉頭異常感症)がある。漢方ではこれを梅核気(ばいかくき)や咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)と呼び、喉に物がつまった感じ(エヘン虫)で、多くの場合は器質的病変が認められない。エヘン虫は神経質で気苦労が多いタイプにみられ、半夏厚朴湯を一服するだけで消失することがある。半夏厚朴湯は小半夏加茯苓湯に厚朴と蘇葉を加えた理気剤で、上半身の利水とともに気を巡らせる効果が強く、動悸、めまい、呼吸困難などの不安神経症に適応する。さらに咳にも効果的で、気管支炎や気管支喘息の治療薬として有名な柴朴湯は半夏厚朴湯と小柴胡湯を合わせた処方である。ただし、利水に働く半夏厚朴湯の適応は湿性の咳で、潤す働きのある地黄や麦門冬を配合した麦門冬湯や滋陰降火湯と使い分ける必要がある。

終わりに

 疾患や症状に応じて個々の薬剤が処方されるため、患者さんは多数の薬剤を服用しなければならない。特に高齢の患者さんは複数の疾患を抱え、多くの薬剤の服用を余儀なくされる。このような場合、QOLだけでなく、薬物相互作用はどうなっているのだろうか。薬剤師は個々の薬剤については厳格な使用を心掛けるが、多剤併用に関しては無頓着ではないだろうか。これからの薬剤師には薬剤の数を削減する努力が求められる。このような状況において、例えば一剤で多彩な愁訴に対応できる漢方薬を取り入れることで、少しでも薬剤を減らすことができれば、患者さんのQOLは確実に向上し、医療経済の面からもメリットは大きい。そのためにも生薬の薬能を理解し、漢方薬の適正使用に努め、患者さんのために漢方薬を役立てて戴きたい。

                                     (ApoLetter、Vol.45、2009より)